結婚や離婚によって研究者が改姓する場合の注意点
研究成果および論文と研究者を紐づけるものは、基本的には氏名です。そのため、結婚や離婚によって姓が変わった場合は、同一人物であると示すことが難しくなります。選択的夫婦別姓が認められていない日本において、氏名が変わった後も研究者としての同一性を保持するためにはどうすればよいのでしょうか。
研究者が改姓することによって起こる問題点
研究成果や論文などの業績は氏名と紐づいていることから、結婚や離婚によって姓が変わると、キャリア形成に深刻な影響を与えます。
研究者のキャリアに影響する問題として深刻なのが、改姓することで業績の連続性が失われる点です。論文を登録するデータベースやジャーナルの検索システムによっては、異なる姓名で執筆された論文を網羅的に検索できないことがあります。
科学技術振興機構がまとめた「科学技術情報流通技術基準」によると、改姓した場合の著者名表記については法律や慣例が変化することを考慮して明確には規定されていないものの、「新姓(旧姓)名前」のように、かっこ書きにて旧姓を挿入する方式が例示されています。ただし、かっこ書きによる併記やハイフンによって結合する表記方法でも、システムによっては正しく検索できないおそれがあるため注意が必要です。
こういった問題を避けるためにできる工夫のひとつが、脚注での補足説明です。たとえば、日本心理学会は「執筆・投稿の手引き」のなかで、著者の姓または名が変わった場合は脚注に旧姓または旧名を明示するよう推奨しています。
旧姓の併用と選択的夫婦別姓について
ビジネスシーンにおいて旧姓を通称として使用することは可能で、旧姓の使用範囲は年々拡大しており、パスポートのほか、2019年からは住民票やマイナンバーカードにも旧姓を併記できるようになりました。研究者が論文を執筆する際に通称として旧姓を使い続けることで、データベースでの検索性低下や研究者としてのキャリア断絶といった不利益を回避し、業績の連続性を保持できますが、論文上での姓と戸籍上の姓が異なることで生じる問題もあります。学会発表や研究調査のために海外に赴く機会が多い研究者は、論文上の名前が戸籍上の名前と異なることについて都度説明を求められるケースも少なくありません。
選択的夫婦別姓制度なら、こういった不利益を解消できますが、現時点ではまだ国会に提出されるに至っておりません。民法の規定では「夫又は妻の氏を称する」となっていますが、改姓をするのは女性側がほとんどです。科学技術分野に置ける女性の研究者は増加傾向にありますが、「科学技術指標2021」報告書によると、2020年時点では16.9%です。研究者の女性の比率が少ないことも、改姓による研究者の不利益が議論されにくい要因と考えられます。
ORCIDは研究者個人を識別するID
近畿大学が、英語名をKinki UniversityとせずにKindai Universityとしているのはご存知だと思います。Kinkiは、風変わり・変態の意味のKINKYと聞こえるので、国際的(英語)に通用するように変えたわけです。
同様に、英語圏外の研究者が、母国語の名前表記を国際的に通用する英語名に変えたりすることがあります。トランスジェンダーの研究者が出生名から性自認に沿った名前に改名したり、宗教上の理由で改名したりといったケースもあります。
そのため、研究者が氏名を容易に変更できるよう、海外を中心に多くのジャーナルが動き始めています。Nature社をはじめ、アメリカ化学会(ACS)や英国王立化学会など多くの出版社が、ジャーナルに登録された著者の氏名を簡単に変更できるようにするためのポリシーを発表しました。それでも、過去に出版されたすべての論文について、氏名の変更を適用するのは大変な作業であることには変わりません。
そこでおすすめしたいのが、ORCID(オーキッド:Open Researcher and Contributor ID)への登録です。ORCIDに登録することで、研究者個人を識別するための16ケタのIDを無料で発行することができます。IDには氏名や連絡先、所属機関などの基本情報に加え、学歴・受賞歴や研究業績を紐づけることができ、公開範囲も設定可能です。論文を登録する際、「別名」という欄に改正前の氏名や英語表記などを複数追加することもできます。異なる姓名で執筆した論文の参考文献リストにORCIDのIDを添えることで、同じ著者が書いた業績だとアピールできるだけでなく、ほかの業績へのアクセスもしやすくなります。
ORCIDの登録者は、2020年11月には1,000万件を突破しました。登録方法は、以下の記事でも詳しく解説しています。
TOOLS:ORCIDに登録する
参考文献
平成28年度人口動態統計特殊報告「婚姻に関する統計」の概況p10
「科学技術指標2021」報告書全文p92
科学技術情報流通技術基準 学術論文の構成とその要素
日本心理学会 執筆・投稿の手引き 第3章 「心理学研究」の投稿原稿の作り方
Science — New, more inclusive journal policies ease author name changes on published papers
ORCID 公式サイト