「研究」の世界にあふれてきた不正な論文、paper millsとは
研究者は「論文」という形でその成果を公のものにしています。近年では発表の場であるジャーナルも、従来の学術誌の形からオープンアクセス、さらにここ数年で大きく認知、活用されているプレプリントサーバーへの登録などの広がりを見せています。この広がりによって研究成果発表のハードルは下がりつつありますが、しかし一方では、世界中での論文発表競争に拍車をかけているといえるのかもしれません。
paper millsの存在
どのような形態の媒体であっても論文がジャーナルに掲載されるのは、研究者にとって重要な出来事であることに間違いありません。それは当然、世界中の多くの研究者や研究機関等の目に触れ、研究が世の中に知れ渡ることとなり、名誉を得ることや自身のキャリアアップはもちろん、今後の研究に対する資金調達につながることもあるでしょう。しかし、こうした強い影響力を持つという背景や、論文出版に対する重圧から、不正という良からぬ行動に進んでしまうこともあります。
以前から、査読に関する不正や画像捏造、データ改ざん等は例がありますが、現在大きな問題となっているのが、paper millsと呼ばれる不正に論文を執筆する集団です。違法に大量生産することから、「製紙工場」や「論文工場」などとも表現されています。
paper millsは、論文を作成して販売する違法業者ですから、そこには代金の支払いという金銭授受が存在しています。ある程度同じようなフォーマットを用いて、注文に応じて部分的に用語を変更するといった方式で、論文を大量に偽造していると考えられています。この問題の研究者は、Paper millsによる偽論文には共通した特徴があるとしています。例えば、論文の構成、文章や図、数字などに類似性が見られることや、特徴的なフローサイトメトリーなどの存在が認められるそうです。
こうした業者が作成したものを購入し、研究成果として論文投稿している研究者がいるということも驚きますが、査読や編集などのプロセスを通過し、受理、掲載・出版されていたケースが少なくないということも明らかになってきています。
paper millsとジャーナル
2021年1月、英国王立化学会(RSC:Royal Society of Chemistry)は同会の学術誌“RSC Advances” に掲載された論文のうち、68報を、組織的に作られ販売された論文を購入したもの、つまりpaper millsの手によるものであるとして撤回したと発表しました。撤回したもの以外にも調査中としている論文もあるようです。カリフォルニアの研究校正アナリストは「paper millsからの論文は数千にも及ぶ」と指摘していますが、RSCがジャーナルとして恥ずべきことである「多くの偽論文を通過させてしまった」ことを認め、該当論文を撤回したことへの称賛を述べています。ジャーナルとしては不正が横行しないように、対策を強化しているところのようです。
Natureがおこなった別の調査でも、paper millsによる論文が370件以上撤回されたとしていますし、疑わしいものは1000件以上あるとしています。また、撤回された370件を集計・分析してみたところ、全て中国からの論文だったことが分かりました。そのほとんどがここ3年以内に発行されているものであり、Natureでは、調査開始以降にも、、中国の病院に属する著者からの論文がさらに197件撤回されたことを確認しています。
また、世界最大級の科学出版社Elsevierの声明では、毎年ジャーナル編集者が数千ものpaper mills製の偽論文を検出しており、出版サービス部門の責任者は、昨年時点で、ロシアやイランなどいくつかの国からも、paper millsによると思われる論文が見つかっていると述べています。
paper millsへの対応は?
他の国での不正行為も見つかってきていますが、中国の著者による不正が横行するのはどうしてなのでしょうか。それは中国の医師の昇進や出世には、研究論分の発表が不可欠で、給与や権限、許可される手術に大きく関わってくるからだからだと考えられています。
例えば、昇進には筆頭著者の論文を少なくとも2本、さらに上級への昇進には3本が必要と規定している自治体もあります。そうした背景からか、中国の著者による英語論文の投稿は、この20年で50倍にまで膨れ上がっています。条件をクリアするためには相応の研究や執筆に費やす時間が必要になりますが、病院勤務が忙しいため時間が取れず paper millsを利用してしまう、という現実があるようです。結果的には中国の著者による論文の信頼性がなくなり、中国からの論文がまず疑わしいという目でみられてしまっています。
この状況に中国側も、発表した論文数だけで昇進やその募集をしないとことや、論文発表によるボーナス現金支給をやめるように通告しています。また、研究不正行為業者の取締り措置を導入することも発表しています。
ジャーナル出版社側も、不正検出のための人員増やソフトウエア開発、プロセス変更や更新などさまざまな対策を実行に移していますが、それはあくまで今表面化しているpaper mills製の論文の傾向に対しての対策に過ぎません。おかしな言い方ですが、対策の網をくぐりそれを超えてしまうような、もっと洗練された論文に仕上がってしまうことを恐れる声が上がっていることも事実です。
参考文献
FEBS PRESS
FEBS Letters Digital magic, or the dark arts of the 21st century—how can journals and peer reviewers detect manuscripts and publications from paper mills?
カレントアウェアネス・ポータル 「論文工場」との戦いをめぐる近年の動向(記事紹介)
nature NEWS FEATURE 23 March 2021 The fight against fake-paper factories that churn out sham science