野球界におけるデータ分析の活用事例
統計的かつ論理的に分析されたデータは、研究の客観性や可視性を高めるために重要です。医学分野だけでなく、生物学や自然科学、物理学、経済学、情報工学などあらゆる学術分野において、データ分析は欠かせない役割を果たしています。さらに近年では、データ分析は学術研究だけでなくさまざまなシチュエーションで活用されています。特に、スポーツ分野では選手のパフォーマンスや戦術の検討・評価などさまざまな場面でデータ分析が活用されています。この記事では、野球界におけるデータ分析の活用事例をご紹介します。
野球界で活用されているデータ分析手法「セイバーメトリクス」の沿革
野球は、特にデータ分析の活用が進んでいるスポーツのひとつです。1970年代から1980年代にかけて、アメリカの野球界で「セイバーメトリクス(SABRmetrics)」という統計手法が提唱されました。これは、アメリカ野球学会の略称である「SABR」と、データ分析に用いられる指標を表す「Metrics」を組み合わせた造語であり、ライターで野球統計の専門家でもあるビル・ジェームズ氏によって名づけられました。
1990年代には、さまざまな研究者や野球愛好家たちがセイバーメトリクス的な視点に基づき議論を深めました。2000年代になると、球団や一般的な野球ファンにもこれらの統計的手法が浸透していきます。そのきっかけのひとつが、ノンフィクション作家であるマイケル・ルイス氏による著書『Moneyball: The Art of Winning An Unfair Game』(2003年刊行)です。この著書では、メジャーリーグの球団オークランド・アスレチックスが、ビリー・ビーン氏による徹底したセイバーメトリクスによって強豪球団へと昇りつめていく様子が描かれており、2011年にはブラッド・ピット主演による映画『マネー・ボール』も公開されました。
時期を同じくして、アスレチックス以外のメジャーリーグ球団もセイバーメトリクスをはじめとしたデータ分析を球団運営に取り入れるようになり、各選手の勝利への貢献度を走・攻・守で評価するWAR(Wins Above Replacement)という指標も整備されていきました。現在では、日本の野球界においてもデータ分析の活用が普及しつつあります。
セイバーメトリクスの種類
セイバーメトリクスは、データの取得方法や分析手法が発展し続けており、近年ではいくつかの指標が活用されています。野球界で活用されている具体的なデータ指標の一例をご紹介します。
OPS(On-base Plus Slugging)
選手が打者として得点の獲得にどれくらい貢献しているかを測るための指標です。出塁率(OBP:On-base Percentage)と長打率(SLG:Slugging Average)の合計で導かれ、この数値が高いほど得点への貢献度が高いといえます。シンプルな算出方法ながらも、後述するWARの評価と同様の傾向を示すことが多いとされています。
WAR(Wins Above Replacement)
Replacement、つまり代替可能選手と比べた際の勝利数を数値化したもので、野球の走攻守や投球も含めて総合的に評価するための指標です。異なる守備位置の選手であっても、補正を加えることで一元的に評価できるようになっています。MLBでは、FanGraphsがfWARという指標を、Baseball ReferenceがrWARという指標を算出しています。日本の野球界では、Japan Baseball Data株式会社がNBP(一般社団法人日本野球機構)と12球団の許諾のもとでデータを収集・蓄積・解析し、1.02 Essence of BaseballというWebサービスにおいてWARを含む各選手のさまざまな指標を公開しています。
RC(Runs Created)
打者がどれだけ得点を生み出したかを算出したもので、打者を評価するための指標のひとつです。最初は、出塁率×塁打数というシンプルな算出方法でしたが、近年では安打数、四球数、塁打数のほか、犠牲フライやデッドボールなど攻撃に関連する複数の要素を組み合わせた算出方法が用いられています。
打者の評価指標としては、ほかにもXR(eXtrapolated Runs)やBsR(Base Runs)などさまざまな指標があります。
RSAA(Runs Saved Above Average)
投手の失点率と投球したイニング数から算出される、投手を評価するための指標のひとつです。リーグ平均よりも失点率が悪ければマイナス、良ければプラスの評価となります。
投手の評価指標としては、ほかにもDIPS(Defense Independent Pitching Stats)やFIP (Fielding Independent Pitching)、主にMLBで活用されているPITCHf/xなどがあります。
トラッキングシステムやAIを活用したデータ分析
打撃、走塁、投球など、選手たちの動きを高性能のカメラで記録し、AIを活用して分析するトラッキングシステムにより、球団は膨大なデータを取得できるようになりました。例えば、日本野球界ではソフトバンクホークスが、2018年から「野球選手トラッキングシステム」を導入しました。守備においては、船首の守備位置や守備範囲、攻撃においては打球への反応速度や走塁のスピードやコース取りなど、幅広くデータを取得し、科学的に分析することでチーム戦略に活用しています。
こういったトラッキングシステムをはじめとする野球界のデータ分析は、試合中に戦略の策定や意思決定に役立ちます。また、試合以外にも次のような観点で、選手たちの全般的なサポートに活用されています。
・選手の評価
・選手のパフォーマンスの最適化
・選手の健康管理によるケガのリスク軽減
野球界ではさまざまな指標やデータ分析手法が活用されている
ここでご紹介した以外にも、野球において活用されている評価指標やデータ分析手法はたくさんあります。これらの評価指標は、戦略の立案やチーム編成、年俸の算出、各選手のパフォーマンス向上などにも活用されており、今後もますます発展することが期待されています。
参考文献
Baseball Concrete — セイバーメトリクスの基礎解説
1.02 Essence of Baseball
ソフトバンクホークス プレスリリース — 福岡ソフトバンクホークス ライブリッツ社の野球選手AIトラッキングシステムをチーム戦略に活用