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ケースレポート(症例報告)の書き方

ケースレポートは、病気の兆候や特徴、原因などについて論じ、診断や治療に関する知見を提示するものです。症例に関する報告の積み重ねは医学界に貢献する一方で、ケースレポート医学論文の初心者にも執筆しやすい論文形式でもあります。ケースレポートの書き方のポイントや構成について解説します。

ケースレポート(症例報告)とは

ケースレポートとは、臨床において経験した症例を詳細にまとめた報告書であり、疾患や疾病の症状や合併症、診断、手術や投薬治療に対する副作用や経過観察などを紹介しながら、新たな知識や知見を提示します。ケーススタディや症例報告とよばれることもあります。その病気についてすでに知られている症状とは異なる兆候や稀な症状、従来の治療法によって生じる副作用などをまとめ広く周知することで、臨床に役立てることができます。単一の稀な症例について述べることもあれば、複数の患者の症例を統計的にまとめることもあります。

ケースレポートは論文の一種ではありますが、原著論文とは異なり、その疾患の一般的な症状とは異なる稀な症例について論じるのが目的です。また、原著論文には仮説、研究の意義や背景、著者独自の知見としての結論などが求められるのに対し、ケースレポートには結論のセクションが必要ない場合もあるなど、形式も異なります。

医学生や研修医など、医学分野の論文の執筆経験が乏しい研究者にとっても、ケースレポートは執筆しやすいといえます。ケースレポートを積み重ねて得られた知見をもとに、原著論文へと発展させることもできるので、積極的に執筆して経験を積むのがよいでしょう。ジャーナルにケースレポートが掲載された場合は、医学界に貢献する功績として、履歴書にも記載できます。

Clinical Case Reports主任編集者によるケースレポートのポイント

OAジャーナル「Clinical Case Reports」は、医師や看護師、歯科医師や獣医師などあらゆる分野の医療従事者が執筆したケースレポートを出版しています。その編集長であるCharles Young氏は、ケースレポートを執筆する際のポイントとして以下の3点を挙げています。

1.症例は珍しいものである必要はない。チャレンジングなケースにも注目すること。
2.重要なメッセージが含まれている症例を選択すること。特に、他の多くの臨床医に関連する症例が理想的である。
3.ケースレポートを作成する際は、メッセージに焦点を当てること。

また、Young氏によれば、ケースレポートとは最善の治療方法や臨床ガイダンスに関するメッセージを配信するための優れた手段であるといいます。ケースレポートは事例に基づいた優秀な教材であり、優れたケースレポートはその後の大規模な研究プログラムの基礎になることもあります。

優れたケースレポートとは、簡潔かつ明確であり、実践的かつ重要な症例をまとめたものです。取り上げる症例は稀有なものや特殊なものではなく、あくまで一般化可能なものでなければなりません。そして、ケースレポートを読むほかの研究者に向けて、真に重要なことを説明するためのメッセージが重要です。

ケースレポートの構成

ケースレポートは、一般的には以下のような構成で執筆されています。ジャーナルによって構成が指定されていることもあります。

・抄録
・序文
・事例(症例の詳細)
・考察
・文献レビュー
・結論

ケースレポートの抄録の書き方

抄録(アブストラクト)では、症例や臨床的な問題について、ジャーナルが指定する文字数以内で簡潔にまとめます。その症例の新規性や臨床的な意義についても触れるようにしましょう。

ケースレポートの序論の書き方

序論(イントロダクション)では、ケースレポートの目的と、症例や臨床的な問題についての概要を述べます。必要であれば関連文献を引用し、締めくくりでは患者の基本的な症例について説明します。

ケースレポートの事例の書き方

本文にあたる事例では、まず、患者の基礎情報(年齢、性別など)と病歴について記述します。患者が特定できてしまうような個人情報は記載してはいけません。病歴には、既往歴や治療の記録、遺伝的な背景や投薬に関する情報、患者の主訴や不満などもまとめます。

続いて、診察結果や検査結果、臨床所見をまとめた後、治療計画および治療後の結果の予測を述べます。病理検査やレントゲン写真、心電図などのビジュアル情報も添付しましょう

最後に、実際の治療によって得られた結果や評価についてまとめます。このような順序で、症例について詳細に記述しましょう。

正確かつ透明性の高いケースレポートにするためには、患者の基礎情報や病歴、治療介入の記録や検査および手術の所見、予後観察などさまざまな項目を詳細かつ整理してまとめておく必要があります。症例報告として記述すべき項目のチェックリストとして、国際的な専門家グループが開発した「CAREガイドライン」を参考にするのもおすすめです。

CARE case report guidelines

ケースレポートの考察の書き方

ケースレポートにおいて最も重要なのが考察です。抄録および序論で提示した問題について深掘りし、なぜこの症例に注目したのか、この症例によってどのような問題が見えてくるのか、今回のケースレポートの必要性に言及します。病気の原因や因果関係、疫学的な視点での考察のほか、有病率や患者数、合併症の有無、予後などをまとめます。倫理的な課題があれば、考察のなかで触れておくのがよいでしょう。

ケースレポートの文献レビューの書き方

考察の後、必要に応じて文献レビューをまとめます。この症例に関する既存の研究結果や先行研究などを紹介しながら、今回のケースレポートがどのように関連付けられるか、将来の臨床診療および研究にとってどのようなエビデンスとなりうるのかなどを述べます。なお、ケースレポートを書き始める前にあらかじめ十分な文献検索を行い、該当する症例の希少性や先行研究について確認しておくことが大切です。

ケースレポートの結論の書き方

最後に、結論として今回のケースレポートにおける要点をまとめます。今後、臨床の場で同様の症例を経験するかもしれない医師や研究者に向けて、何らかの提案や助言を記述するのもよいでしょう。今回のケースレポートが、今後の臨床においてどのように役立つのかを表現しましょう。

個々でご紹介したのは一般的なケースレポートの構成の例であり、実際の構成やフォーマットはジャーナルによって若干異なります。特に、ジャーナルによっては結論のフォーマットが指定されている場合や、結論のセクションがない場合もあります。投稿予定のジャーナルに掲載されているケースレポートをあらかじめよく読み、構成の傾向をつかんでおくようにしましょう。

ケースレポートに取り上げる症例とは

東京大学大学院医学系研究科の康永秀生教授の著書『目の前の患者からはじまる臨床研究 症例報告からステップアップする思考術』のなかで、症例報告に含まれるべき内容として以下の8項目が提示されています。

1.未知あるいは非典型的な症状
2.未知あるいは稀な有害事象
3.ある疾患の教科書的な病因とは異なる病因を示唆する症例
4.診断困難な希少疾患の確定診断に至ったプロセス
5.治療中または経過観察中における予期しなかった事態の発生
6.新たな治療法あるいは既存の治療の新しい組み合わせの提案
7.望外の効果を示した試行的治療
8.診断・治療上の新たな課題(倫理的・社会経済的問題による治療の制約など)の提示

引用:『目の前の患者からはじまる臨床研究 症例報告からステップアップする思考術』p.29(康永秀生著 金原出版 2023年)

ケースレポートを執筆する前に投稿先のジャーナルを選択しよう

ケースレポートを執筆する際は、着手する前にまずはどのジャーナルに投稿するかを検討しましょう。他の論文と同様に、どんなに良いケースレポートであっても投稿先のジャーナルの規定に沿った形式で書かれていなければ、アクセプトされる可能性は低いといえます。無計画に書き始めるのではなく、ジャーナルの投稿規定やガイドラインに沿った形で執筆計画を立てることが大切です。

参考文献

Wiley — Infographic: How to Write a Clinical Case Report
目の前の患者からはじまる臨床研究: 症例報告からステップアップする思考術 — 康永秀生 著

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