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科学分野におけるAI活用の最新事例と課題

文部科学省がまとめた令和6年版「科学技術・イノベーション白書」は、「AIがもたらす科学技術・イノベーションの変革」と題し、AI技術の開発および利活用の具体的事例や、国内外の動向などが特集されました。なかでも、第4章「AIの多様な研究分野での活用が切り拓く 新たな科学」では、AI for Science(科学分野におけるAIの活用)について詳しく紹介しています。AIが活用されている最新事例と学術界における生成AIの課題、その課題解決に向けた取り組みや議論について解説します。

「AI for Science」の最新事例の紹介

生成AIはさまざまな研究分野で活用されており、AI・機械学習を用いた論文数は増加の一途をたどっています。日本における「AI for Science」の事例をご紹介します。

科学データの改良および情報の抽出への活用

膨大なデータ分析にもAIが活用されています。例えば、宇宙科学分野では膨大な計算やデータ分析が必要ですが、宇宙観測データのノイズ除去に深層学習技術が導入され、暗黒物質の地図を描くことに成功した事例があります。医療分野においてもAIの活用が進められており、例えば、超音波画像診断においては検査者の診断を支援するためにAIの判定根拠を可視化する新技術が開発されました。

予測プロセスおよびシミュレーションへの活用

構造予測分野、物質・材料開発分野、流体科学分野、気象分野などにおいては、AIを活用することで予測プロセスやさまざまなシミュレーションの高度化・高速化が実現しています。

その先駆けとなったのは、2018年に開発された、タンパク質の立体構造を予測することができる機械学習モデル「AlphaFold」です。国内では、2023年に標的タンパク質の構造変化予測にかかる時間を大幅に短縮できる技術が開発されました。その他、材料分野においてもAIによる予測やシミュレーションが革新を起こした事例が紹介されています。

その他の活用

気象予測やプラズマ挙動予測への活用や流体科学シミュレーションの短縮など、さまざまな科学分野でAIが活用されています。また、家事・以上支援・介護分野におけるロボットとの共生を目指して、リアルタイムでの予測や制御にもAIが活用されています。

さらには、科学的仮説の生成・推論、実験および研究室の自律化などにもAIは活用されており、学術研究という仕組みそのものにも革新をもたらすと考えられています。例えば、東京大学や東京工業大学では自律的物質探索ロボットが、理化学研究所や大阪大学では自動実験ロボットが導入されています。

AI for Scienceの課題

科学研究分野におけるAIの活用が進むことで、研究の高速化および効率化が進み、新たな発見やブレイクスルーにつながることが期待されています。一方で、科学研究分野において高度なAIを活用することの課題も浮き彫りとなってきました。令和6年版「科学技術・イノベーション白書」第4章第3節では、4つの課題とその解決に向けた取り組みが紹介されています。

研究データの共有とオープンサイエンス

科学研究分野においてAIを活用する際、研究データを公開し共有することは、オープンサイエンスのためにも重要です。研究データの共有という課題に対しては、全国的な研究データ基盤として「NII研究データ基盤(NII Research Data Cloud)」が構築されました。研究DXの中核を担う機関を支援するほか、大学に対しては研究データマネジメントに関する体制作りやルール整備を支援しています。

研究の再現性に関する課題

AIの導入により、実験の条件、手順、結果の解析方法などを自動化して研究の再現性を保つことが可能となるほか、他の研究者との共有促進にもつながります。大学や研究機関等では、生成AI活用のためのガイドラインの整備が進められています。

研究論文の投稿ルール等への影響

論文の草案作成、構成の作成、情報検索、品質チェックといった工程でAIを活用することで、執筆時間の短縮や質の向上に役立ちます。ただし、Springer Nature社およびElsevier社のように、論文執筆へのAIの活用に制限を設けているジャーナルもあります。AIの活用を認めている場合でも、論文内でどのようにAIを使用したかを適切に記載する必要があります。

また、機密情報のアップロードにも注意が必要です。論文の原稿そのものはもちろん、研究費申請に関する情報なども、生成AIに学習させないほうがよいとされています。

AIと著作権等の知的財産権に関する問題と対応

2024年3月、文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会は「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめ、公開しました。これは、生成AIが作成した文章等の生成物について、現行の著作権法における考え方を整理し明確化するためのものです。AIと著作権に関する問題については、AI技術の発展とあわせて、著作権侵害に関する判例の蓄積や諸外国の状況などを踏まえた議論がこれからも進むことが期待されています。

特許については、2021年7月に特許庁が人工知能(AI)等を含む機械は発明者の欄に記載することを認めないとする旨を発表しました。AIが発明したものの権利や利益は誰に帰属するのかといった問題も浮上しており、今後ますます慎重に検討されることでしょう。

生成AIの責任について

生成AIと権利・利益についての議論だけでなく、生成AIの「責任」についての議論も進められています。2024年1月に公開された論文「生成AIとどう付き合うか」では、AIによって誤作動や事故が起こった場合、AIは人間に代わって責任を取れるのかという点に言及しています。AIを逮捕・起訴することはできないため、誤作動や事故によって被害が生じた場合には誰かが(=人間が)責任を負うこととなります。また、AIに法的人格を認めることに対しては、欧州議会において反対が根強いことも挙げられています。機械であるAIが責任を負えない以上、プログラムの作成者やAI製品を作った会社が責任を負うのか、あるいはそのAIを使用した人物が責任を負うのかは、現状では明確になっていません。この論文では、個人ではなく技術を提供した企業が損害賠償責任を負う製造物責任法(PL法)の考え方が、AIの責任という点でも参考になるかもしれないとしています。

AI技術の発展と議論の活性化に期待

AI技術が加速的に進展する一方で、法整備やさまざまな議論が追い付いていない印象もあり、令和6年版「科学技術・イノベーション白書」において第1部のトピックに選ばれたのもある意味で必然といえるでしょう。AI技術のさらなる発展や利活用の実態に注目しながらも、課題の解決やさまざまな議論が進むことも期待しましょう。

参考文献

文部科学省 — 令和6年版 科学技術・イノベーション白書 — 第4章 AIの多様な研究分野での活用が切り拓く 新たな科学
生成AIとどう付き合うか 野家啓一 学術の動向 2024年29巻1号 p.1_40-1_48

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