ノーベル賞の日本人受賞者の減少と論文の被引用数(Top10%補正論文数、Top1%補正論文数)の低下について
2024年10月7~14日にかけて、2024年のノーベル賞が発表されました。12月10日には、スウェーデンのストックホルムで授賞式が行われます。今年は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞したことが話題となりました。その一方で、直近3年間において生理学・医学賞、物理学賞、化学賞を受賞した日本人研究者はいませんでした。科学技術分野における日本の基礎研究力の低下について、論文の被引用数をもとに解説します。
ノーベル賞の日本人受賞者一覧
物理学者の湯川秀樹氏が日本人で初めてノーベル賞を受賞して以来、日本の各界の研究者や作家、政治家がノーベル賞各賞を受賞してきました。受賞時に米国籍を取得していた人(※)を含め、日本人のノーベル賞受賞者は28人と1団体となりました。各賞の受賞者一覧は以下の通りです。
ノーベル物理学賞 日本人受賞者
1949年 湯川秀樹氏「核力の理論的研究に基づく中間子の存在の予想」
1965年 朝永振一郎氏「量子電磁力学の分野における基礎研究と素粒子物理学についての深い結論」
1973年 江崎玲於奈氏「半導体内および超伝導体内の各々におけるトンネル効果の実験的発見」
2002年 小柴昌俊氏「天文物理学、特に宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」
2008年 南部陽一郎氏(※)「素粒子物理学における自発的対称性の破れの発見」
2008年 小林誠氏、益川敏英氏「小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献」
2014年 赤﨑勇氏、天野浩氏、中村修二氏(※)「明るく省エネルギーの白色光源を可能にした効率的な青色発光ダイオードの発明」
2015年 梶田隆章氏「ニュートリノが質量を持つことの証拠であるニュートリノ振動の発見」
2021年 真鍋淑郎氏(※)「二酸化炭素の温暖化影響を予測」
ノーベル化学賞 日本人受賞者
1981年 福井謙一氏「化学反応過程の理論的研究」
2000年 白川英樹氏「導電性高分子の発見と発展」
2001年 野依良治氏「キラル触媒による不斉反応の研究」
2002年 田中耕一氏「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」
2008年 下村脩氏「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と生命科学への貢献」
2010年 根岸英一氏、鈴木章氏「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング反応の開発」
2019年 吉野彰氏「「リチウムイオン電池」を開発」
ノーベル生理学・医学賞 日本人受賞者
1987年 利根川進氏「抗体の多様性に関する遺伝的原理の発見」
2012年 山中伸弥氏「成熟細胞が、初期化され多能性を獲得し得ることの発見」
2015年 大村智氏「線虫の寄生によって生じる感染症に対する画期的治療法の発見」
2016年 大隅良典氏「オートファジー(自食作用)の仕組みの発見」
2018年 本庶佑氏「免疫を司る細胞にある「PD-1」という新たな物質を発見」
ノーベル文学賞 日本人受賞者
1968年 川端康成氏
1994年 大江健三郎氏
ノーベル平和賞 日本人受賞者
1974年 佐藤栄作氏
2024年 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)
自然科学分野3賞の受賞は減速
2000年以降、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞における日本人受賞者が増え、これまでの24年間で20人もの研究者が受賞しています。特に、2008年には「素粒子物理学」で2組3名が物理学賞を受賞し、「緑色蛍光タンパク質(GFP)」でも化学賞を受賞しました。複数の日本人研究者が各分野で受賞したことは話題となりました。
一方で、直近の受賞者数を見ると、その勢いが減速していることがうかがえます。2021年に真鍋淑郎氏が「二酸化炭素の温暖化影響を予測」して物理学賞を受賞して以降、直近3年間は自然科学分野3賞における日本人の受賞はありませんでした。
論文の被引用数
ノーベル賞受賞者数の減少は、日本の学術研究界の衰退を意味しているのでしょうか? 受賞歴だけを見ると一概にそうとは言えませんが、ここで、国ごとの「論文の被引用数」にも注目してみましょう。
Clarivate社は、毎年9月頃にクラリベイト引用栄誉賞を発表しています。ノーベル賞に先駆けて発表されるこの賞は、論文の被引用数や重要度などを観点として各分野の研究者を選出しており、ノーベル賞受賞の有力候補者を指し示すものとして注目されています。
Clarivate社によると、論文の被引用数が2,000件を超えていることが選出の基準のひとつだといいます。1970年から2023年にかけて、引用データベース「Web of Science」に収録された論文のうち、被引用数が2,000件を超えている論文は約8,700本、割合にしてわずか0.01%に過ぎません。この0.01%の論文こそ、いわゆる「ノーベル賞級」の研究ということになります。
近年の日本の論文の被引用数(Top10%補正論文数、Top1%補正論文数)
文部科学省の科学技術・学術政策研究所では、毎年「科学技術指標」を公表しています。日本の論文数(分数カウント法)について、2020年から2022年にかけての平均を見ると、中国、米国、インド、ドイツに続いて世界第5位となっています。
また、該当年の年末時点における論文の被引用数が各分野の上位10%または1%に入る論文を抽出し、補正を加えた論文数を「Top10%補正論文数」または「Top1%補正論文数」といいます。その分野における被引用数が多く、注目度が高いことを示す指標といえます。
このTop10%補正論文数では日本は第13位、Top1%補正論文数では第12位と、やや順位を落としています。
論文数(分数カウント法)、Top10%補正論文数、Top1%補正論文数について、国別の順位を10年前および20年前と比較してみましょう。
指標 | 科学技術指標2004 | 科学技術指標2014 | 科学技術指標2024 |
---|---|---|---|
論文数 | 66,022本(2位) | 63,928本(3位) | 72,241本(5位) |
Top10%補正論文数 | 4,560(4位) | 4,465(6位) | 3,719本(13位) |
Top1%補正論文数 | 355(4位) | 376(7位) | 311本(12位) |
2004年から2024年にかけて論文数は、やや減少ののち増加しているものの、諸外国の伸びに届かず順位を落としています。それに伴い、Top10%補正論文数、Top1%補正論文数は本数も順位もほぼ横ばいから低下の傾向にあります。
世界各国の中で特に大きく伸びているのは中国です。2019年にはTop10%補正論文数、2020年にはTop1%補正論文数がいずれも第1位となり、2024年現在もトップを独走しています。欧米諸国の活躍や、中国・インドなどのグローバルサウスの成長と比較すると、現在の日本の科学技術力は競争力に欠けるといえます。
日本の基礎研究力を高めるために期待されること
近年のノーベル賞受賞者数の減少と、被引用数が多く注目度の高いTop10%補正論文数およびTop1%補正論文数論文の減少は、いずれも日本の基礎研究力の低下を示しているのかもしれません。日本の科学技術分野を成長させ、ノーベル賞級の研究を増やすには、国や研究機関が積極的に研究者を支援し、論文や研究の質を高めつつ研究者のすそ野を広げていくことが重要です。
なお、筑波大学医学医療系の大庭良介准教授らの分析によると、少数の研究者に5000万円以上の研究費を配るよりも、多くの研究者に少額(500万円以下)であっても広く研究費を配るほうが研究成果の創出においては効果的であるとのことです。特に、過去の業績にとらわれず幅広い分野のさまざまな研究者に研究費を配分するほうが、投資効率がよいことも明らかとなりました。日本の科学技術分野全体の基礎研究力を向上し、10年後、20年後に成果が得られるよう、できるだけ早く研究費助成が強化されることが望まれます。
プレプリント公開によりOA出版モデルはどう変わるか
プレプリント公開は、査読プロセスの長期化によって生じるさまざまな不利益の解決策のひとつといえます。ゲイツ財団がOAポリシーを改訂してプレプリント公開を義務付けたことで、他のジャーナルや研究機関においても、プレプリントの重要性はますます高まると考えられます。ただし、ゲイツ財団では同時に、APC(論文掲載料)を含むOA出版にかかる費用への支援を終了するとしています。プレプリントの重要性が高まることで、現在のOA出版モデルが変革していくかもしれません。
参考文献
PR Times — 2023年の「クラリベイト引用栄誉賞」ノーベル賞級の研究成果と23名の受賞者を発表
文部科学省 科学技術・学術政策研究所 — 科学技術指標2024
文部科学省 科学技術・学術政策研究所 — 科学技術指標2014
筑波大学 TSUKUBA Journal — ノーベル賞級の研究成果やイノベーションの創出を促す研究費配分を解明