国家レベルでのオープンアクセス
論文掲載の場としてジャーナルの電子化が普及し、今やオープンアクセス(Open Access:OA)が当たり前になりつつあるように見えます。しかし、世界中で推し進められてきたOAをめぐる取り組みは、現在までに一定の結果を残してはいますが、世界全体の学術論文のOA率は3割程度に過ぎない という報告もあります。
転換契約への動き
そこで注目されているのが転換契約(Transformative Agreement:TA)です。これは、従来の「ジャーナルを購読するモデル」から「OA出版モデル」への転換を目的とした、出版社と図書館や大学コンソーシアムなどとの間で結ばれる契約の総称です。
これまでのOA化の手法としては、出版社と締結された包括的な契約によって、多くのジャーナルにアクセスできるようにするというような、あくまで「購読モデル」でのOA化でしたが、電子ジャーナルの価格の高騰によって前述のような進捗にとどまっている現実がありました。
このような事態に一石を投じたのが2015年にドイツの図書館が発表した白書 による試算です。それによると、出版社に支払っている購読料をOA出版料に転換すれば全ての論文をOAで出版できるという試算がなされています。現在の出版システムの中には、既にOA転換に十分な資金が存在し、新たな経済的な負担なくOA出版形式の実現を示すもの でした。この白書の分析に基づき、同年末に開催された国際会議において、「OA2020」という世界的なイニシアティブの発足が決定 されました。これにより世界各国で積極的にTAを推進する動きが加速しています。
国家レベルのOAへの移行
シュプリンガー・ネイチャー社は、他に先駆けてOAへの移行を推進してきた大手出版社です。同社は2014年にオランダ大学協会とのTA締結を皮切りに、現在では11か国とTAを締結してきました。これは出版社としては最大の数とされています。同社は、「TAは参加機関の所属研究者が、ゴールドオープンクセスによるOA出版と購読型アクセスが同時に可能になることによって、OAの運営管理が簡単になること」を利点として挙げています。また、OAコンテンツの利用や引用回数の増加、研究の発見性の向上、論文掲載料の一元管理も可能にするとしています。
さらにTA締結は参加機関や所属研究者に多くのメリットをもたらすだけでなく、TA締結を行っている国ではOA出版の増加からその利用に大きな影響を与え、個人判断によるOA出版利用に比べて転換が急速に進んでいることが明らかになっています。例えば2019年時点でみると、シュプリンガー・ネイチャーの全コンテンツに対し、スウェーデンでは89%、フィンランドでは90%、ポーランドでは86%がゴールドOA出版されているのです。これは国家レベルでの転換と言うことができ、同社がTA締結を実施している国においても同様の展開となることが予想されます。
日本の現状
それでは、日本の状況をみていきましょう。2019年3月、大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)は、国際的なOA推進運動「OA2020」の戦略に則る形で、『購読モデルからOA出版モデへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ~』を示しました。これにより、TAをめざした今後の道筋を示し、意欲的に取り組む姿勢を明らかにしています。
さらに2020年1月にはCambridge University PressからTAのひとつの形式であるRAP(Read and Publish)モデルの提案があり、参加機関のいくつかの大学図書館などがTAを締結しています。
ただしTAに関しては、出版社に対する提案促進、費用負担の調整、データの収集・分析などの課題も存在しています。加えて、TAそのものに対する批判や、研究資金の乏しい研究者からは「これまであった『購読の壁』に代わって論文出版の格差が生じるだけ」との声もあるといわれています。
これからのOA
国際的なTAの現状として、2020年5月現在、101の契約事例がありますが、その多くはヨーロッパに集中し、世界最大の論文産出国であるアメリカの実績は5事例であることも、注目すべき点です。TAは世界の各国・各地域が足並みを揃えて進めていく必要があり、それによって初めてアクセス(購読)に関わる費用の大幅な削減が実現することになるからです。
また、現在のTAは、先述のシュプリンガー・ネイチャー社のような大手商業出版社との交渉が中心となっていますが、そのような大規模契約だけにこだわらず、国の政策や組織の方針、出版論文数、購読の規模などの事情を踏まえた購読モデルからOAモデルへと転換し、より成熟したモデルへと成長させていくことが求められているのではないでしょうか。
参考文献
シュプリンガー・ネイチャー プレスリリース
国立国会図書館 カレントアウェアネス・ポータル 学術雑誌の転換契約をめぐる動向
国立情報学研究所 OA2020に関するFAQ